息子へ,もしくは家内へ

息子と家内に言葉を残すための日記

父または母へ~ゴメンナサイ

今回も番外編。

父または母へ。

 

父または母には、言葉に尽くせないほど、感謝、感謝、感謝・・・

それとともに、幼少期の(多分)ゴメンナサイ、青年期のゴメンナサイ・・・

 

今回は「幼少期の(多分)ゴメンナサイ」について。

 

自分は幼少の頃、ごくごく普通の生活を送ってきたのだ、と当たり前に思ってきましたが、おそらく両親からすると、そうではなかったんじゃないか?・・・と思うようになりました(ここ数年のこと)。

 

というのも、記憶を小学生くらいまで遡ると、なんだか不思議?というか、「あれはなんだったんだろう」的な記憶だけが鮮明に蘇ってきます。まぁ、普通に生活していた記憶は忘れられがちで、変わった記憶だけが残った・・・というだけかもしれませんが。

 

例を挙げると、下記の通り。

・担任の先生がうち(自宅)を訪問する、または逆に、両親が担任の先生と連絡をかなり密にとっていたような記憶。

・小学校低学年時のテストの点数がとても悪かった記憶、

・小学1-2年の時の担任の先生には、今でも妙な愛着がある(自分的に)。

・いわゆる「友達」的な対人関係が普通ではなかったような気がする(その時々で、同級生となんだか不思議な付き合い方をしていたような・・・)

・・・

挙げればきりがありませんが、具体的にあれがこうだったからどうこう・・・という記憶までは無く、パッと思いつく状況が、今考えると、結構特殊な部類に入るのではなかろうか、と感じます。

 

推測するに・・・

・担任と両親と頻繁に行き来=自分のせいでやり取りが密になっていた?

・テストの点数が悪い=知能障害を疑われていた?

・担任への愛着=自分がダメなせいでお世話になった→愛着?記憶が濃厚?

・いわゆる「友達」的な対人関係が普通ではない=ちょっとした障害?

などと、なんとなく自分が「普通ではなかった」せいで、そういった記憶が色濃く脳裏に残存しているのではないか?とも思うようになりました。

 

普通は、もっと早くそのことに本人自身が気が付くことなのかもしれませんが、自分の場合、両親があえてそのような言動・行動を自分に見せていなかったので、気が付くのが遅かったのかもしれません(自分のことで両親が頭を抱えている姿は見たことが無い)。今現在、普通に生活できていますので、結果オールオッケーなのですが、もしかすると、両親がかなり自分に配慮していたのではないか、とも思ってしまいます。

 

詳細は、小学時分の私の記憶より、両親の記憶の方が定かだと思いますので、いずれかのタイミングで「自分の幼少期、どんな子供だったか?」、と聞いてみたい気持ちもありますが、50歳になった今でも、聞くのが怖い気もします。

 

今は、とっても普通な自分だと思っていますが、「今も、実は普通ではないのか?」、幼少期のような思い込みで普通だと思っているだけなのか?などと、今現在の自分の自己認識まで疑ってしまうようなところはあります。

 

聞けるか聞けないかはともかく、こうやって文章に残しておけば、それを見返す日も来るだろうし、何も書き残さないよりはベターだろうという気持ちも込めて、締めにします。

 

あぁ聞きたい、でも怖い、50歳の輩が怖がってどうするんだ、などと葛藤しながらではありますが、自分の所在?を確認・再認識するためにも、いつかは聞いてみないといけないな・・・と思います。